東京高等裁判所 平成6年(行ケ)1号 判決
オランダ国
ロッテルダム、ヴェーナ 455
(審決表示の住所 オランダ国
ロッテルダム、バージミースターズ・ヤコブプレーン・1)
原告
ユニリーバー・ナームローゼ・ベンノートシャープ
同代表者
ハー・デ・ローエイ
同訴訟代理人弁理士
川口義雄
同
中村至
同
船山武
同
阿部正博
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 清川佑二
同指定代理人
谷口操
同
茂原正夫
同
市川信郷
同
関口博
主文
特許庁が平成4年審判第14731号事件について平成5年8月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年5月15日、1984年5月17日にイギリス国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和60年特許願第103608号)をしたが、平成4年4月8日拒絶査定を受けたので、同年8月7日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成4年審判第14731号事件として審理した結果、平成5年8月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし(出訴期間として90日を附加)、その謄本は同年9月8日原告に送達された。
二 本願発明の要旨
少なくとも、洗剤活性物質、洗剤ビルダー及び粒状の過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物において、過硼酸ナトリウム-水塩は式(SA+31.25PV-16.25)が1より大きくなるような比表面積(SA、m2/g)および気孔容積(PV、cm3/g)の物理特性を有することを特徴とする前記粉末洗剤組成物。
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対して、ヨーロッパ特許庁公開公報第98108号(以下「引用例」という。)には、「少なくとも、(a)洗剤活性物質、(b)洗剤ビルダーとしてのアルカリ金属アルミノシリケート、および(c)粒状で、比表面積が少なくとも5m2/gの過硼酸ナトリウム-水塩を含有する固体洗剤組成物」(第24頁3行ないし13行)が記載され、その固体洗剤組成物とは粉末状のものをいうことが示されている(第13頁16行ないし22行)。
3 そこで、本願発明の粉末洗剤組成物と引用例に記載のものを対比する。本願明細書には、洗剤ビルダーとして、アルミノ珪酸塩(アルカリ金属アルミノシリケート)が記載されているから、両者は、過硼酸ナトリウム-水塩について、前者が、式(SA+31.25PV-16.25)(以下「過硼酸固化指数」という。)が1より大きくなるような比表面積(SA、m2/g)および気孔容積(PV、cm3/g)を有するものを使用するのに対し、後者は、比表面積が少なくとも5m2/gのものを使用するとしているのみで、気孔容積及び過硼酸固化指数について明示されていない点で相違し、その他に異なる点がない。
4 上記相違点について検討する。
(1) 引用例において気孔容積及び過硼酸固化指数を特定していないことは、過硼酸ナトリウム-水塩としては、少なくとも5m2/gの比表面積を有するものであれば足り、気孔容積及び過硼酸固化指数を含むその他の物性は任意の範囲で設定し得ることを意味するものと認められるから、本願発明において規定した範囲の気孔容積及び過硼酸固化指数が除外されているものとすることはできない。他方、本願発明の実施例で使用する過硼酸ナトリウム-水塩には比表面積が5m2/g以上のものが含まれていて、引用例の比表面積と一致する。
(2) そして、本願発明が上記比表面積、気孔容積及び過硼酸固化指数に関する特定の条件を設定することによって、引用例のものに比較して選択的というほどの効果を奏するに至ったと認めるに十分な根拠を見出だせない。
5 したがって、本願発明は、引用例に記載された発明であると認められるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。
四 審決を取り消すべき事由
審決の理由の要点1ないし3は認める。同4(1)は認める。同4(2)は争う。同5は争う。
審決は、相違点の判断を誤り、その結果、本願発明は引用例に記載された発明であると誤って判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 引用例発明は、比表面積が少なくとも5m2/gのものを使用することを規定しているのみであって、使用する過硼酸ナトリウム-水塩は、過硼酸固化指数が1より大きくなるような比表面積及び気孔容積を有する態様(以下「選択態様」という。)、過硼酸固化指数が1以下となるような比表面積及び気孔容積を有する態様(以下「非選択態様」という。)のいずれをも含むものであるが、本願発明は、過硼酸ナトリウム-水塩につき上記選択態様を選択したものであって、それに基づく作用効果は以下のとおり顕著である。
本願明細書記載の実施例、特に実施例ⅡないしⅤで使用される組成物(2)の過硼酸ナトリウム-水塩は、比表面積が6.09m2/gを有するものの、過硼酸固化指数が-0.785で、非選択態様に属する。これと対比された組成物(1)の過硼酸ナトリウム-水塩は、比表面積が8.60m2/gで、過硼酸固化指数が3.475であるから、選択態様に属する。しかして、実施例Ⅳにおいて両者の性能を比較している第4表から明らかなように、加速貯蔵試験後の生成物外観には大差がある。すなわち、相対湿度81%、貯蔵日数10日で、組成物(1)はわずかに固化しているのに対し、組成物(2)はほとんど完全に固化している。
本願発明は、選択態様により、相対湿度81%という高湿度条件下であっても組成物の固化をもたらさず、粉末流速や漂白剤放出速度の数値も悪化しないのであって、引用例発明とは異質の優れた作用効果を定常的に保証し得るものである。引用例発明は、漂白安定性という、本願発明とは異質の技術的事項をその目的とするものであって、引用例には、そもそも高湿度条件下での貯蔵試験結果についての記載はなく、その点についての正確な対比自体ができないものである。
また、本願発明は、引用例発明の継続的実施に際して、比表面積の規定を満足するような過硼酸ナトリウム-水塩を使用して漂白安定性を確保しても、貯蔵における耐固化安定性及び溶解性の不足に悩まされた経験から生まれたものであるところ、水銀侵入法に基づく気孔容積というような無関連と思われた指標が、高湿度下の固化防止に意義を有するばかりか、その寄与の程度がきわめて大きいということはほとんど信じ難いことである。
以上のとおり、本願発明における選択態様は非選択態様に比べてきわめて顕著な優位性を有し、かつ、そのような選択基準は全く予測困難なものである。
したがって、「本願発明が上記比表面積、気孔容積及び過硼酸固化指数に関する特定の条件を設定することによって、引用例のものに比較して選択的というほどの効果を奏するに至ったと認めるに十分な根拠も見出だせない」とした審決の判断は誤りである。
2 被告は、引用例の例4における「組成物は自由流動性の、非凝固性のさらさらした粉末の形状を保っていることが判明した」という記載に基づいて、本願発明による固化状態の成績は、引用例の例4の成績に比較して顕著に勝るものとも認められないと主張する。
しかし、被告の上記主張は、両発明における試験条件の根本的な差異を看過した結果に基づくものであって、誤りである。すなわち、引用例発明において、組成物の貯蔵は、例1では「ガラス瓶に密閉して」、例2では「ガラス瓶またはラミネート・パック中に密封して」、例4では「ワックスを塗布したラミネート・パックに入れて」、それぞれ試験されている。例4のワックスを塗布したラミネート・パックは封止されており、折り目がついていても、ワックスを塗布しないものに比べてその透湿性は数十分の一にすぎず(甲第5号証、表3.2.8)、水蒸気透過を実質的に防止する機能を有するものといえるから、引用例発明における貯蔵は、実質的に水分の出入を伴わない環境の下での試験であることは明らかである。これに対して、本願発明における貯蔵試験は、積極的に吸湿させる条件下のものである。
第三 請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
二 反論
1 本願発明の目的は、本願明細書(甲第2号証及び第3号証)によれば、高湿度条件下での貯蔵に際し、固化する傾向が少なく、かつ自由流動性を保持するような過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物を提供する点にあるものとされ、実施例Ⅰには、異なる気孔容積と比表面積とを有する過硼酸ナトリウム-水塩の81%RH(相対湿度、以下同じ)、室温及び40℃における一週間後の固化特性が、実施例Ⅳには、洗剤活性材料、ゼオライト(アルミノ珪酸ナトリウム)及び比表面積8.60m2/g、気孔容積0.356m2/g、過硼酸固化指数3.475である過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物(1)、及び過硼酸ナトリウム-水塩として比表面積6.09m2/g、気孔容積0.30cm3/g、過硼酸固化指数-0.785のものを配合した粉末洗剤組成物(2)の、81%RH、室温(約20℃)における、貯蔵1日ないし11日後の生成物外観が記載され、組成物(1)は1日以降わずかに固化し、11日後に中庸の固化を示すのに対し、組成物(2)は10日で完全に固化したことが、それぞれ示されている。また、実施例Ⅴには、アルミノ珪酸ナトリウムは配合されていないものの、同様に過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物(1)及び(2)の、(a)室温/50%RH、(b)37℃/70%RH、及び(c)20℃/90%RHにおける、2週間後、4週間後及び6週間後の粉末流速及び貯蔵12週間までの漂白剤放出速度が記載され、組成物(1)が(a)、(b)のいずれの条件下でも自由流動性を保持し、(c)の条件下でも6週間後に固化し始めたのに対し、組成物(2)は(b)の条件下に4週間後に固化したことが示されている。
これに対し、引用例には、漂白成分としての過硼酸ナトリウム-水塩を安定に含有する洗剤組成物が記載され、「アルミノケイ酸塩を含有する組成物中・・・(過硼酸ナトリウム)一水塩の場合、安定性は比表面積を増大するとともに増大し、5m2/gのしきい値を超えると、一水塩が洗剤組成物中に使用することができるほど十分安定」(甲第4号証訳文2頁7行ないし12行)であるとしたうえ、例1には、洗剤組成物中に含有させた過硼酸ナトリウム-水塩の比表面積と分解速度定数の関係を示す試験例が記載されている。また、例2、3及び6には、洗剤組成物中に含有させた比表面積が7.85m2/gの過硼酸ナトリウム-水塩の貯蔵安定性に関する試験例が、また例4には、同様に比表面積が6.8m2/gの過硼酸ナトリウム-水塩の貯蔵安定性に関する試験例が記載されている。各洗剤組成物における安定性の評価のための貯蔵条件は、例2が37℃、70%RHで2週間ないし12週間、例3が28℃、70%RH、及び37℃、70%RHで5週間、8週間及び12週間、例4が37℃、70%RHで12週間、そして、例6が28℃、70%RH及び37℃、70%RHで4週間、8週間及び12週間と設定され、各々一水塩の分解率のほか、例4には、「貯蔵後に過硼酸ナトリウム-水塩の7%が分解したが、組成物は自由流動性の、非凝固性のさらさらした粉末の形状を保っている」との記載がある。
そこで、本願発明と引用例における上記貯蔵試験結果を比較すると、両者の測定条件に明らかな差異はなく、また、前者における固化状態は、後者における例4の成績、すなわち、12週間後においてなお自由流動性であったとする成績に比較して顕著に勝るものとも認められない。
したがって、「本願発明が上記比表面積、気孔容積及び過硼酸固化指数に関する特定の条件を設定することによって、引用例のものに比較して選択的というほどの効果を奏するに至ったと認めるに十分な根拠を見出だせない」とした審決の判断に誤りはない。
2〈1〉 原告は、本願発明における、過硼酸固化指数が1より大きくなるような比表面積及び気孔容積を選択するという選択態様は非選択態様に比べて顕著な優位性を有し、かつ、そのような選択基準は予測困難なものである旨主張している。
しかし、引用例発明において、比表面積以外の制限されていないその他の物性、例えば気孔容積あるいは過硼酸固化指数については任意の範囲で設定できるものと解すべきであり、本願発明における選択態様は特別な選択事項ではなく、引用例発明に含まれる一態様にすぎない。そして、上記1に述べたように、引用例の例4に示される粉末洗剤組成物が、本願発明に係る組成物と勝るとも劣らない貯蔵中の自由流動性を保持していることからすれば、例4において使用する過硼酸ナトリウム-水塩は、本願発明と同じ選択態様を備えているものとせざるを得ず、本願発明の作用効果が格別顕著なものということはできない。
したがって、原告の上記主張は理由がない。
〈2〉 また原告は、例4のワックスを塗布したラミネート・パックは封止されており、折り目がついていても、ワックスを塗布しないものに比べてその透湿性は数十分の一にすぎず(甲第5号証、表3.2.8)、水蒸気透過を実質的に防止する機能を有するものといえるから、引用例発明における貯蔵は、実質的に水分の出入を伴わない環境の下での試験であり、これに対して、本願発明における貯蔵試験は、積極的に吸湿させる条件下のものであるから、本願発明と引用例における試験条件には根本的に差異がある旨主張する。
ワックス加工紙自体は、十分な塗布を行う限り非透過性であるとしても、その透湿度はワックスの塗布の程度により定まるものであるし、また、折り目等の加工が透湿度に影響を与えることも明らかである。加工後の容器の透湿度は内容物封入後の封止、防湿処理に大いに左右されるが、例4には、ワックスーラミネート・パックについて特に密封する、あるいは防湿処理を行うとする記載はない。
また、同じくラミネート・パックを貯蔵容器とする例2の試験で(なお原告は、例2では、組成物は「ガラス瓶またはラミネート・パック中に密封して」貯蔵されているとしているが、「密閉ガラス瓶またはラミネート・パック中に」貯蔵されているのである。)、密閉ガラス瓶に貯蔵した場合に比較して過硼酸ナトリウム-水塩の分解速度が顕著に加速されていることなどは、ラミネート・パックが湿度の影響を受けることを示している。例4のワックスーラミネート・パックが例2のラミネート・パックと同一物であるとは明示されていないが、一連の貯蔵試験において、特に異質であることが示されない限り、同質のものが使用されると解するのが普通である。そして、例4が他の例におけるような防湿度の高い密閉ガラス瓶を使わず、かつ温度及び湿度条件を設定していることからして、ワックスーラミネート・パックを温度及び湿度の影響を受けるものとして使用していることは明らかであり、例4のワックスーラミネート・パックが湿度の影響を受けないとするのは、例4が実験上何の意味もない条件を設定していることになり、技術常識にも反するものである。
さらに、粉末洗剤の固化性に関する貯蔵試験において通常使用するラミネート・パックが湿度の影響を受けることは、乙第1号証ないし第4号証によっても知ることができる。すなわち、これらの乙号証記載のものにおいて、通常のラミネート・パックの貯蔵下、設定温・湿度による粉末物性への影響を調査しているのは、通常のラミネート・パックが完全に非透湿性でないことを意味することに他ならない。しかして、引用例におけるラミネート・パックも、ワックスーラミネート・パックも何ら特別のものではなく、乙各号証のものと同様に洗剤製品の実際に近い貯蔵条件における温・湿度の影響を測るための容器であって、温・湿度の影響を受けるものである。
したがって、引用例の例4は、苛酷な温・湿度条件における貯蔵後の粉末性能を教示するものであり、また、その教示された性能に本願発明と明らかな差異はないから、原告の上記主張は失当である。
なお、本願発明の実施例は、加速湿度試験、あるいは加速貯蔵試験と表示されているように、目標とする耐貯蔵環境よりも意図的に厳しい条件を付加することによって、本来の貯蔵期間より短時日に結果を得ようとする常套手法であるのに対し、引用例の貯蔵試験は、より実際の貯蔵に近い条件設定の下に実施されていて、かつ、この条件が現実の貯蔵条件としても十分苛酷であることは乙第1号証に記載されるとおりであるから、本願発明と引用例における貯蔵条件の若干の差異は、単なる手法の相違に帰するのであって、評価基準の実質的な差異を示すものではない。
第四 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)、三(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
そして、引用例に審決摘示の事項が記載されていること、本願発明と引用例記載のものとの一致点及び相違点が審決認定のとおりであることについても、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
1 引用例において気孔容積及び過硼酸固化指数を特定していないことは、過硼酸ナトリウム-水塩としては、少なくとも5m2/gの比表面積を有するものであれば足り、気孔容積及び過硼酸固化指数を含むその他の物性は任意の範囲で設定し得ることを意味しており、本願発明において規定した範囲の気孔容積及び過硼酸固化指数が除外されているものとすることはできないこと、他方、本願発明の実施例で使用する過硼酸ナトリウム-水塩には比表面積が5m2/g以上のものが含まれていて、引用例の比表面積と一致することについては、当事者間に争いがない。
2 被告は、本願発明と引用例における貯蔵試験結果を比較すると、両者の測定条件に明らかな差異はなく、また、本願発明の固化状態は、引用例の例4の12週間後においてもなお自由流動性であったとする成績に比較して顕著に勝るものとは認められないとして、審決の「本願発明が上記比表面積、気孔容積及び過硼酸固化指数に関する特定の条件を設定することによって、引用例のものに比較して選択的というほどの効果を奏するに至ったと認めるに十分な根拠も見出だせない」との判断に誤りはない旨主張するので、この点について検討する。
(1) まず始めに、本願発明と引用例発明の各概要をみておくこととする。
〈1〉 甲第2号証(本願公開公報)、第3号証(平成4年2月6日付け手続補正書)によれば、本願明細書には、「本発明は、必らずしも限定しないが特に織物洗濯に適した、過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物に関するものである。・・・過硼酸ナトリウム-水塩の使用は過硼酸ナトリウム四水塩に較べて、主としてその活性酸素含有量が高く(過硼酸ナトリウム四水塩の10.4%に比較して理論値で16.03%の活性酸素)かつ高温度におけるその安定性が高いため有利である。しかしながら、過硼酸ナトリウム-水塩の主たる欠点の1つは、水を吸収することによつて高湿度条件下で固化する傾向を有し、したがって過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物の自由流動性を多かれ少なかれ相当に低下させる傾向を有することである。さらに、水吸収の結果、過硼酸ナトリウム-水塩の溶解速度が緩慢となり、その結果漂白能力に影響を与える。したがって、本発明の目的は、高湿度気候条件下での貯蔵に際し、固化する傾向が少なくかつ自由流動性を保持するような過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物を提供することである。さらに本発明の目的は、過硼酸ナトリウム-水塩が高湿度条件下での貯蔵の際にも急速な溶解速度を保持するような、過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物を提供することである。」(甲第2号証2頁右上欄5行ないし右下欄8行)、「上記目的は、式(SA+31.25PV-16.25>0)となるような比表面積(略)および気孔容積(略)の物理特性を有する粒状の過硼酸ナトリウム-水塩を組成物中に使用すれば達成されうることが見い出された。」(同頁右下欄9行ないし14行。なお、この記載に関して、特許請求の範囲では、式(SA+31.25PV-16.25>1)と補正されている。)と記載されていることが認められる。
上記記載によれば、本願発明は、高湿度条件下での貯蔵に際し、固化する傾向が少なく、自由流動性と急速な溶解速度を保持するような過硼酸ナトリウム-水塩を含有する粉末洗剤組成物を提供することを目的とするものであり、過硼酸固化指数につき前示要旨のとおりの構成を採択したことにより、上記目的が達成されるものであると認められる。
〈2〉 引用例(甲第4号証)には、「本発明は、必ずしも限定しないが特に織物の洗浄に適応する洗剤組成物に関するものであり、詳細には漂白成分として過ホウ酸ナトリウムを含有する洗剤組成物に関するものである。洗剤組成物に、一般に四水塩として知られる形態で、・・・過ホウ酸ナトリウムを、漂白成分として含有させることが知られている。本材料の安定性は、たとえば、洗浄力ビルダーとしてトリポリリン酸ナトリウムを含有する組成物中では適当であるが、このビルダー材料の全部または一部をアルカリ金属のアルミノケイ酸塩または他のビルダー材料との混合物と置換した場合、過ホウ酸ナトリウムの四水塩の安定性が低下し、場合によっては上記の組成物はわずか数カ月の貯蔵後には、有効な漂白能力がほとんど失われるほどの低い安定性となる。したがって、本発明の目的は、漂白成分と、洗浄力ビルダーとしてアルカリ金属のアルミノケイ酸塩材料を含有し、漂白成分の安定性が適当な洗剤組成物を提供することにある。本発明によれば、少なくとも洗浄活性材料と、洗浄カビルダーとしてアルカリ金属のアルミノケイ酸塩材料とを含有し、組成物がさらに、比表面積が少なくとも5m2/g、好ましくは約7m2/gを超える粒子状態の過ホウ酸ナトリウム-水塩を含有することを特徴とする、固形洗剤組成物が提供される。」(同号証訳文1頁本文1行ないし2頁1行)、「本発明の発明者は、驚くべきことに、四水塩は同様に組成物中での安定性が低いために、その使用は望ましくないが、一水塩の場合、安定性は比表面積を増大するとともに増大し、5m2/gのしきい値を超えると、ー水塩が洗剤組成物中に使用することができるほど十分安定となることを発見した。」(同2頁9行ないし12行)と記載されていることが認められる。そして、引用例の実施例に関する記載(甲第4号証訳文9頁以下)によれば、洗剤組成物に漂白成分としそ含有される過硼酸塩の安定性は、過硼酸塩の分解速度、分解率により評価されており、引用例発明における安定性の低下というのは、過硼酸塩の分解に起因するものであると認められる。
上記認定のとおり、引用例発明は、貯蔵中に、過硼酸塩が分解することにより漂白成分としての安定性が低下することを防止し、漂白成分の安定性が適当な洗剤組成物を提供することを目的とするものであり、そのために比表面積が少なくとも5m2/gの過硼酸ナトリウム-水塩を含有させているものであると認められる。
〈3〉 上記のとおり、本願発明は、粉末洗剤組成物が高湿度条件下で固化せず、自由流動性と急速な溶解速度を保持することを目的として、過硼酸ナトリウム-水塩の比表面積、気孔容積及び過硼酸固化指数につき特定の条件を設定しているのに対して、引用例発明は、貯蔵中における過硼酸塩の分解による漂白成分としての安定性の低下を防止することを目的として、比表面積のみを少なくとも5m2/gと設定するものであり、その解決しようとする課題及びその解決手段を異にしているものである。
(2) 次に、本願発明と引用例発明の各作用効果を対比すべく、本願明細書及び引用例に記載の実施例及び実験条件についてみてみることとする。
〈1〉 本願明細書には、本願発明の実施例の説明として、実施例Ιには、種々異なる気孔容積と比表面積とを有する過硼酸ナトリウム-水塩を81%RH(相対湿度)、室温及び40℃の条件下で加速湿度試験にかけたものの一週間の貯蔵後における固化特性が、実施例Ⅱには、比表面積8.60m2/g、気孔容積0.356cm3/g、過硼酸固化指数3.475である過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物(組成物(1))と、比表面積6.09m2/g、気孔容積0.30cm3/g、過硼酸固化指数が-0.785である過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物(組成物(2))を、それぞれ開放試薬ビンに貯蔵し、室温(約20℃)かつ81%相対湿度条件の下で加速貯蔵試験にかけたものの3日、5日および7日後における漂白剤放出速度の測定結果が、実施例Ⅲには、上記各組成物を、それぞれ開放試薬ビンに貯蔵し、上記と同様の条件下で加速貯蔵試験にかけたものの4日、6日、8日、11日後における漂白剤放出速度の測定結果がそれぞれ示されていること、実施例Ⅳには、実施例Ⅱの場合と同じ各過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物(1)、(2)を、それぞれ開放試薬びんに貯蔵し、室温(約20℃)かつ81%相対湿度条件の下で加速貯蔵試験にかけたものの貯蔵1日ないし11日後の生成物外観が記載され、組成物(1)は10日後でもわずかに固化し、11日後に中庸の固化を示したのに対し、組成物(2)は7日後にほとんど固化し、10日でほとんど完全に固化したことが示されていること、実施例Vには、実施例Ⅱの場合と同じ各過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物(1)及び(2)を、37g/m2/24時間の水蒸気透過率を有する密閉積層充填物にして貯蔵し、(a)室温(~22℃/50%RH-相対湿度)、(b)37℃/70%RH及び(c)20℃/90%RHにおいたものの2週間後、4週間後及び6週間後の粉末流速及び貯蔵12週間後までの漂白剤放出速度が記載され、組成物(1)は(a)、(b)のいずれ条件下においても自由流動性を保持し、(c)の条件下でも6週間後に固化し始めたのに対し、組成物(2)は(b)、(c)の条件下において4週間後に固化したことが示されていることが認められる(甲第2号証8頁左下欄3行ないし12頁右上欄2行)。
上記認定のとおり、本願明細書記載の実施例においては、過硼酸固化指数が1より大きい3.475の過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物は、同指数が-0.785の過硼酸ナトリウム-水塩を配合した粉末洗剤組成物と比べて、貯蔵中に固化する傾向が顕著に低いものと認められるが、各実施例においては、貯蔵試験が外部からの湿気を遮断することなく、洗剤組成物に積極的に湿気を与えるような条件下で行われ、さらに、湿気に対する影響を測るために、加速湿度試験・加速貯蔵試験という、苛酷な湿度条件を課して行われているものである。
〈2〉 引用例には、実施例の説明として、例1には、洗剤組成物をガラス瓶に密閉して37℃で、2週間ないし12週間貯蔵した後における、洗剤組成物中に含有させた過硼酸ナトリウム-水塩の比表面積と分解速度定数の関係を示す試験例が、例2には、比表面積が7.85m2/gの過硼酸ナトリウム-水塩を含有させた洗剤組成物を、ガラス瓶またはラミネート・パックに密封して(注 原文は「in sealed glass bottles or laminated packs」)、37℃、70%RHで、2週間ないし12週間貯蔵した後、有効酸素を測定し、分解速度定数を求めた試験例が、例3及び例6には、例2と同じ洗剤組成物を、28℃、70%RH及び37℃、70%RHの2種類の条件下で貯蔵し、5週間後(例6は4週間後)、8週間後、12週間後に分解した過硼酸塩の百分率の算出結果がそれぞれ示され、例4には、比表面積が6.8m2/gを配合した洗剤組成物をワックス・ラミネート・パックに入れて37℃、70%RHで12週間貯蔵したものについて、「その後、過ホウ酸ナトリウム-水塩の7%が分解したが、組成物は自由流動性の、非凝固性のさらさらした粉末の形状を保っていることが判明した。」と記載されていることが認められる(甲第4号証訳文9頁19行ないし16頁4行)。
(3)〈1〉 上記認定のとおり、引用例の例4の組成物は、12週間後においても自由流動性の、非凝固性のさらさらした粉末の形状を保っていたというのであるから、一定期間貯蔵後の固化状態という点に関する限り、本願発明に係る組成物とは特に差異があるということはできない。
しかし、本願明細書記載の実施例においては、貯蔵試験が外部からの湿気を遮断することなく、洗剤組成物に積極的に湿気を与えるような条件下で行われ、さらに、湿気に対する影響を測るために、加速湿度試験・加速貯蔵試験という苛酷な湿度条件を課して固化の程度を検査しているのに対し、引用例発明は、貯蔵中に過硼酸塩が分解することにより漂白成分としての安定性が低下することの防止を目的とするものであって、引用例には湿気による問題点についての指摘がないこと、湿度については70%RHという一定の環境条件が設定されているにすぎないこと、引用例の例1、例2では組成物がガラス瓶に密閉されていることからしても、引用例の実施例は、積極的に湿気を与える意図をもって苛酷な湿度条件下での貯蔵試験を行っているものとは認められないことを総合すると、本願発明と引用例における貯蔵試験の測定条件に明らかな差異がないということはできない。そして、甲第5号証(「ワックスの性質と応用」昭和58年9月10日株式会社幸書房発行)中の「ワックス加工紙はその表面に切れ目がない程度に充分にワックス加工されている限り、透湿性は皆無に近い。また、ワックスの種類が変わっても透湿性の差異は小さいものである。」(84頁6行ないし8行)との記載に照らしても、引用例の例4に用いられるワックスーラミネート・パックには、湿度を避けるためにワックスが塗布されているものと考えられること、「パック」という用語が用いられていることからしても、密閉されているものと想定されるし、密閉されていない開放のものであるとするならば、湿気が自由に出入りするのであるからワックスを塗布する必要はないと考えられることからすると、例4のワックスーラミネート・パックは、密閉された非透湿性のものと認めるのが相当であり、例4のものについてみても、本願明細書記載の実施例における測定条件と差異がないということはできない。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
〈2〉 被告は、引用例の例4のワックスーラミネート・パックについて、折り目等の加工が透湿度に影響を与えること、例4が他の例におけるような防湿度の高い密閉ガラス瓶を使わず、かつ温度及び湿度条件を設定していることを理由として、ワックスーラミネート・パックを温度及び湿度の影響を受けるものとして使用していることは明らかである旨主張する。
乙第5号証(「食品包装技術便覧」1968年10月10日財団法人日本生産性本部発行)中の「防湿包装容器の防湿性(透湿性)は、普通にはそれをつくっている防湿材料の透湿度とその表面積から求められる。しかし防湿材料によっては容器に成形する、あるいは内容品を充填するなどの包装作業における種々の処理を受けることにより、その防湿性が低下する(透湿度が大きくなる)場合がある。」(288頁「(1)包装容器の防湿性」の項)との記載、及び甲第5号証中の「実際透湿性が問題になるのはワックスの加工紙に折り目がついた場合である。すなわち、折り目のところである程度ワックスの膜が裂けて湿気を通すようになる。」(84頁9行ないし11行)との記載によれば、包装容器の折り目等の加工が透湿度に影響を与えるものと認められる。しかし、甲第5号証に記載の表3.2.8「ワックスによる透湿性の差異」によれば、加工紙に折り目をつけたとしても、ワックス塗布をしない紙に比べて格段の非透湿性を発揮するものであることが認められ、例4のワックスーラミネート・パックにおいて折り目等により多少の湿気の透過があったとしても、少なくとも積極的に湿気の影響を受けるものとして使用していないことは明らかであり、本願明細書記載の実施例における測定条件と差異がないとすることはできない。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
〈3〉 被告は、乙第1号証ないし第4号証によっても、通常のラミネート・パックが完全に非透湿性でないことは明らかであり、引用例におけるラミネート・パックも、ワックスーラミネート・パックも何ら特別のものではなく、乙各号証のものと同様に洗剤製品の実際に近い貯蔵条件における温・湿度の影響を測るための容器であって、温・湿度の影響を受けるものである旨主張する。
乙第1号証(特公昭46-43552号公報)には、積層ボール箱中に充填した洗浄剤組成物の相対湿度条件下における貯蔵後の流動性評価の実施例が、乙第2号証(特開昭50-27803号公報)には、不完全防湿処理紙で作成した容器(カルトン)に密閉収容した洗浄剤の35℃、85%相対湿度における固化性の試験例が、乙第3号証(特公昭53-40603号公報)には、標準の洗剤組成物容器に包装した洗浄剤の32℃、85%相対湿度における自由流動性の貯蔵試験例が、乙第4号証(特開昭56-50999号公報)には、実用洗浄剤カートンに充填した洗浄剤組成物の40℃、85%相対湿度における粉末物性の評価がそれぞれ記載されていることが認められるところ、上記乙各号証において用いられている各容器はラミネート・パックに該当するものと認められるから、ラミネート・パックは湿度の影響を受けるものであると認められる。
しかし、引用例の例4で用いられている容器はワックスラミネート紙を用いているものであり、ワックスが非透湿性であることは前記のとおりであるから、乙第1号証ないし第4号証を根拠として、例4のワックスーラミネートパックが湿度の影響を受けるものとすることはできない。
〈4〉 被告は、本願発明と引用例における貯蔵条件の若干の差異は、単なる手法の相違に帰するのであって、評価基準の実質的な差異を示すものではない旨主張する。
前記(2)に認定のとおり、本願明細書記載の実施例においては、洗剤組成物を81%相対湿度、あるいは90%相対湿度の条件下で貯蔵試験を行っているのに対して、引用例では、70%相対湿度の条件下で貯蔵試験を行っているものであるところ、本願明細書記載の上記相対湿度は意図的に付加した苛酷な湿度条件である。これに対し、乙第1号証中の「37℃と相対湿度70%の組合わせは洗浄剤組成物の一般家庭での使用中に遭遇する条件よりはるかに苛酷なものであり」(4頁右上欄1行ないし4行)との記載によれば、引用例における上記設定条件は、一般家庭で貯蔵される場合の条件よりは苛酷なものであると認められるが、引用例の上記相対湿度は本願明細書記載のものに比べて相当低いものであること、引用例の設定条件は一般家庭における場合よりも苛酷であるとしても、本願明細書に記載されているような意図的に付加した苛酷な湿度条件といえるほどのものではなく、実際の貯蔵に近い条件であると考えられることからすると、本願発明と引用例における貯蔵条件の差異は、単なる手法の相違に帰するものとはいえず、評価基準の実質的な差異を示すものではないともいえない。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
(4) 以上のとおり、引用例の例4の組成物と本願発明に係る組成物とは、一定期間貯蔵後の固化状態自体に格別の差異はないとしても、それらの貯蔵条件には差異が存するのであるから、両者の固化傾向に差異がないとはいえず、本願発明に係る組成物が引用例のものに比較して選択的というほどの効果を奏するものと認めることができないとするのは相当ではない。
したがって、審決の前記判断は誤りであり、原告主張の取消事由は理由がある。
三 よって、審決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)